ローガンお裁縫教室

自分好みの布小物制作や古着のリメイクをしてみたい。老眼ですけど。

非凡なネジ穴

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普段あまり気にもならない場所を掃除していると、何処に使われていたか分からないネジが落っこちていること、たまーに御座いますよね。近くのネジ止め部分を見渡してもガタついていない様だし、もう何年も大丈夫だったのだから、この段階で不必要なネジと判断して良いハズ。でもこんな時、やっぱり私は捨てられません。ひょっとすると、必要になる時が来るのではないか? そんな気持ちを拭い去れないからです。だからこそ、何時まで経っても断捨離出来ない男、なんですけど。

あ、ゴメンナサイ。今回のお話は、これとは違う趣旨でした。

伝えたかったのは、このネジを見つけた瞬間に思い出した、周囲から私への評価。

「頭のネジがブっ跳んでるね」の様なセリフ、今まで何回言われたのだろう?と。

コレって絶対に誉め言葉では無いし、むしろスゴク馬鹿にされているのかも知れません。だけど、何だかチョッピリ嬉しい自分が居たりもしました。おかしいですよね。だって、君は普通じゃないよ?って宣告されているのに、それに対して満更でもないのですから。

でも、それと同時に気付くこともあります。あー、なるほど、私はそうやって、周りから平凡ではないと思われる為に演じているのだな・・・って。だからこそ、まんまと騙されおってウヒヒ、みたいな感情が芽生え、あたかも異質のヒーロー気取りで他人との差別化を喜んでいるのでしょう。

もし、私が本当の意味で異端ならば、きっと本気で怒っていたと思うんです。変わっているのは自分ではなく、お前らの方だ!ってな感じで。

しめしめ、ライバルが私の能力を過大評価しやがったぞ!的な優越感は堪りません。

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以前、天然について記事に致しました。これも今回と同様に、本当の天然は自分が天然であるとは思っていない、という趣旨を非常に分かり難く表現してあります。天然ちゃん、天才とはまた違った存在ですが、異端という意味では似たもの同士ということで。

時に私は、団塊ジュニアかつ就職氷河期のダブルパンチ世代。近年で最も競争相手が多いとされる中で、個性というものをアピールしろ!と、馬鹿の一つ覚えの如く言われ続けた時代を過ごして来ました。

個性とは何ぞや?などと問われてみても、この歳となった今でさえ良く分からないのに、当時の私からそんなモノがにじみ出るなんて無理な話。故に『個性=他人と異なる特徴』と誤解し、ぶっちゃけ現在でも引きずったままなのでしょうね。

所詮、私はありふれた男。巷に溢れかえっている、量産型の一般ピーポーなのです。

今回もネジは嵌められず、見つからないよう引き出しの奥深くにそっと隠しました。

どうやらコレで、ひと安心。