ローガンお裁縫教室

自分好みの布小物制作や古着のリメイクをしてみたい。老眼ですけど。

本物の素材は、自分が天然であることを否定します。

スポンサーリンク

f:id:presbyopia:20190308035338j:plain

てんねん【天然】

人の力が加えられていないこと。自然のままであること。
  ⇔ 人工「 -の美」 「 -ウラン」
本来の姿であること。生まれながらにして持っているもの。天性。
 「 -の色白/にごりえ 一葉
意図しないでそうなること。副詞的にも用いる。
  → 自然
※出典 三省堂大辞林 第三版について 情報 
 

すごく揚げ足をとっているような気もしますけど、『天然』が上記の意味だとすれば、色んな商品に表示された『天然由来成分』なる言葉には何となく違和感を感じてしまいます。何故ならば、天然由来成分ってのは確かに自然素材が原料なのでしょうが、製造過程でありとあらゆる人の手が加わり、あまりにも天然からかけ離れた姿に成り果てている場合が多いからです。こうなってくると、もはや人工物以外の何ものでもないですよね。

えーと、人の力がまるで加わっていない成分や素材以外は『天然』の言葉を使うなってコトではありませんよ? 要は、モノには限度があるって話。

例えば上の画像。これは、天然素材の貝に人の手を加えてボタンへと加工したもの。つまり、正式には天然素材を用いた人工物・・・となるのでしょうが、一般的には人工物の扱いは受けません。だって、これは天然の姿がまるまる残っており、逆に人工という言葉からあまりにもかけ離れている風に感じてしまうからです。そいういうモノを『天然の~』と呼んで欲しいのです、私は。

f:id:presbyopia:20190308052558j:plain

ちなみに、このボタンの素材は黒蝶貝。

でも、『天然素材を用いた黒蝶貝のボタン』なんて呼ばれ方はしません。あきらかに天然素材なわけですから、単に『黒蝶貝のボタン』となります。キラキラと黒光りする唯一無二のキャラクターは、誰が見ても天然そのものだからです。

そして、黒蝶貝さん自身も、自分が天然である事なんて全く興味なし。いや、むしろ、その独特の個性が普通であるとすら思っているかもしれません。故に、『天然』を強調する事などあり得ない。それどころか『天然』と評されることを酷く嫌がります。絶対に認めないのです。

その素晴らしい個性、確かにイジリガイがあります。貝だけに。しかし、そこはイジリたくなる気持ちをグッと堪え、やんわりとしたイジリ加減が良いようです。そうすることで、素材本来の持ち味が存分に活かされるのですから。

やはり本物は、そうでなくてはなりません。